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  • 長野どうぶつ眼科センター

眼科疾患

眼科疾患症例への投与①

 患者様(ブルドック、3歳)は角膜潰瘍を発症されていました。点眼と抗生剤による標準治療を行ったのですが一向に改善せず、1ヵ月後には左眼はデスメ膜瘤、右眼は融解性角膜潰瘍へと悪化しました。デスメ膜瘤とは眼球表面の角膜実質組織が深く欠損してしまい、最下層のデスメ膜と角膜内皮層だけで眼球の内容物を留めている状態です。つまり、眼球穿孔(眼に穴が開く状態)や失明の危険性があり、とても緊急性が高い状態です。
 眼球穿孔を防ぐには何とかして失われた角膜組織を自己修復させるしかなく、そのような組織の修復には兎にも角にも血管からの栄養等の物質供給が必要です。しかし、角膜は血管が乏しい組織なので修復が容易ではありません。角膜損傷において、眼球周辺から自発的に血管が損傷部に伸びるような症例はだいたい自然修復します。ところがこの症例は、両眼ともに眼球周辺からの血管の伸長が途中で止まってしまっており、眼球中央の角膜損傷部まで達していませんでした。デスメ膜瘤に対して当院眼科では、近くの結膜組織を一部剥離して角膜欠損部へ乗せる手術(結膜フラップ術)を行います。緊急処置ですが、結膜片を通る血管を角膜欠損部へ伸ばさせようとする眼科では一般的な方法です。さらに、これが眼球周辺からの血管ともつながって、“血流”ができることも重要です。通常、デスメ膜瘤に対して実施できる処置はここまでであり、あとは無事治ることを期待しますが、必ずしもうまくいくというわけではないのです。この患者様は眼球周辺の血管伸長は弱く、緊急性も高いことから、何とかして確実・早期に血管伸長を促したいところでした。
 間葉系幹細胞は強力に血管の新生・伸長を促すサイトカイン・血管内皮増殖因子(VEGF)を分泌することが知られています。当院でも、犬治療用の他家・間葉系幹細胞がVEGFを分泌することを確認しています。そこで結膜フラップの直後に、患者様に間葉系幹細胞を投与(凍結他家、点滴)するオプション治療を実施することで、患者様のもつ血管新生能力を強く刺激して、患部に血管が伸長するように期待しました(数日内に間葉系幹細胞をさらに2回、お尻の筋肉内へ追加投与しました)。
 そうしましたところ、左眼では結膜フラップの実施から6日後に結膜片下の角膜欠損部において顕著な血管新生・伸長が起こりました。時間が経過すると角膜欠損部は完全に実質組織で埋まって修復されました(図には示していませんが、治癒後に結膜フラップ片は取り除かれています)。眼球穿孔は無事防がれたのです。興味深いことに、融解性角膜潰瘍の右眼では、結膜フラップのような特別な処置をしていないにもかかわらず、間葉系幹細胞の投与後に眼球周辺から眼球中央部(角膜潰瘍部)へと血管が伸長し、しばらくすると角膜潰瘍が治癒しました。一連の治療の終了後に、当院で保存させていただいた患者様の血液サンプルを分析してみたのですが、3回の間葉系幹細胞投与のいずれの後にも一過的にVEGF量が上昇していました。以上のことを考えあわせますと、間葉系幹細胞の投与で患者様の自己治癒力(血管新生力など)を増強させ、これが角膜損傷の回復に大いに貢献したのではないかと推察されました。いずれにせよ、この症例では標準治療に間葉系幹細胞療法(オプション治療)を併用することで、より確実、より良い改善につながったと考えられます。

眼科疾患症例への投与①

眼科疾患症例への投与②

 患者様(スコティッシュ・フォールド、4歳)は他院からの紹介で当院併設の眼科センターへ来院されました。右眼の角膜炎が原疾患でしたが、標準治療を行ったものの改善せず、角膜の一番上の層の角膜上皮層が部分的に欠損した症状(自発性慢性角膜上皮欠損)に至った状態です。自発性慢性角膜上皮欠損は角膜の上皮(角膜の最も上側の層)とその下の角膜実質の接着が不十分で剥がれてしまうことが一因で、このようになると不快感で眼がショボショボしてしまいます。このような場合、状態の悪い角膜上皮層を含む領域を綿棒で一旦取り除き(デブライドメント)、フレッシュな角膜上皮層の再生させる処置を行います。他院様でこの処置を行ったところ、角膜修復に必要となる血管新生がほとんど現れず、残念ながら角膜上皮欠損が治らなかったのです。
 当院でも最初は内科的な標準治療を行いましたが角膜上皮欠損の改善が認めらなかったため、デブライドメントを行うことにしました。以前の同処置では血管新生が乏しかったことを考慮して、当院ではデブライドメント処置の直後に、血管新生の促進効果が期待できる間葉系幹細胞療法(凍結他家、点滴)を実施するオプション治療を実施しました。
 デブライドメントおよび初回の間葉系幹細胞投与から7日後には、角膜表面に顕著な血管新生が起こっていました。この日に念のため2回目の間葉系幹細胞投与を行いましたが、その10日後ではさらに激しい血管新生が誘導されました。当院は眼科センターを併設しているのでデブライドメントは数多く行っていますが、このような著しい血管新生が誘導されたのは初めてであり、驚きでした。さらに時間が経過すると、今度は出現した多数の帯状血管が消失し、上皮で覆われて整復された角膜が出現しました。その後、角膜の透明性の改善を経て、右眼角膜は治癒となりました。
 通常の処置に間葉系幹細胞投与を併用したことで、患者様の角膜血管新生が強力に促され、角膜上皮欠損の改善につながったものと考えられました。

眼科疾患症例への投与②

眼科疾患症例への投与③

 患者様(ミニチュア・ダックスフンド、8歳)は左眼に乾性角結膜炎を発症されました。乾性角結膜炎(いわゆるドライアイ)は、涙の量の不足や成分配合の異常が原因で、眼球表面が乾燥してしまって炎症を起こしている状態です。犬で発症することが多いですが、身体の免疫異常が原因で涙腺(涙を産生する組織)が傷害もしくは破壊されて、涙の産生に異常をきたすことが発症原因の多くを占めています。治療は眼球保護や免疫抑制のための点眼や軟膏塗布ですが、点眼は毎日、しかも1日数回実施する必要があります。免疫異常が関与するという性質のために改善が難しい場合も少なくありません。飼い主様は300日の間、点眼を欠かさず行ってこられましたが、それにもかかわらず改善がないことと頻繁の点眼作業に疲れられていました。当院で間葉系幹細胞療法のリサーチを行ったところ、ちょうど犬の乾性角結膜炎とよく似ていると考えられている人間の自己免疫疾患・シェーグレン症候群(ドライアイ・ドライマウス症)に対して顕著な腺分泌機能の改善効果があったとの論文発表がされたばかりのところでした。間葉系幹細胞の投与により、体内免疫の調整と腺組織の修復の作用が発揮されたと推察されています。犬の乾性角結膜炎に対する間葉系幹細胞投与の効果は不明でしたが、飼い主様に間葉系幹細胞療法を提案したところご快諾いただきました。
 当時の当院では間葉系幹細胞療法の凍結他家移植法がまだ導入されておらず、全身麻酔下で患者様から脂肪組織を採取して間葉系幹細胞の培養を行う自家・間葉系幹細胞療法で実施しました。間葉系幹細胞療法の実施前は、左眼に黄色いねっとりとした眼脂が大量に蓄積する状態でした。涙の分泌量はシルマー涙液試験・STT1で2 mm/分(正常は≧15 mm/分)と少なく、涙の成分組成の良し悪しを判別するT-BUTという試験でも2 sec(正常は≧20 sec)と低値でした。患者様自身の間葉系幹細胞を2週間で3回静脈点滴投与したところ、初回の間葉系幹細胞投与から14日後では、STT1が12 mm/分、T-BUTが3 secと改善し、眼脂量は減少していました。初回の間葉系幹細胞投与から96日後では、涙の産生に関してはSTT1が8 mm/分、T-BUTが8 secと改善がまずまず維持されており、眼の症状的には眼脂の産生がほとんどなくなり、乾性角結膜炎は大きく改善しました。標準治療では長期にわたって改善がみられなかった乾性角結膜炎が、間葉系幹細胞を投与することで大きく改善したものと推察されました。
 なお、当院のこれまでの経験では、間葉系幹細胞投与の涙の産生への効果は、よく認められる場合と乏しい場合とに分かれる印象で、全ての乾性角結膜炎の症例で間葉系幹細胞の効果があるわけではないと思われます(乾性角結膜炎の発症原因や涙腺の破壊状態によって異なると考えられます)。最近では、涙の産生に障害のある涙腺に間葉系幹細胞を直接投与する方法も開発されています。

眼科疾患症例への投与③