自己免疫疾患・免疫介在性疾患症例への投与①
患者様(ミニチュア・ダックスフンド、8歳)は、くしゃみなどの呼吸器の症状、淡黄色の粘り気のある鼻汁、肺炎を1年前から何度も繰り返していました。
診断はリンパ球形質細胞性鼻炎でした。発症原因はわからないことがほとんどで、アレルギーまたは免疫介在性の病気と考えられています。免疫の細胞が暴れてしまう体質になっているのです。根治する治療はありません。この患者様は症状が出る度に免疫を抑えるステロイド薬、抗菌薬、気管支や血管を広げる薬、痰(たん)を和らげる薬などでの治療になりました。ただ、飼い主様は患者様が何度も症状を繰り返すことを心配されていました。
そこで間葉系幹細胞療法を提案しました。というのは、人の医療や基礎研究では、自己免疫疾患・免疫介在性疾患の患者にこの治療を行うと症状の軽減、減薬、寛解(長期間症状がでず、再発しなくなること)導入の効果が得られることが示されていたからです。ただし、犬の自己免疫疾患・免疫介在性疾患への効果は全く実績がなく、不明でした。患者様に間葉系幹細胞療法(凍結他家、点滴)を2回実施したところ、まもなく呼吸状態、鼻汁の性状、肺炎などの症状が大きく改善しました。ステロイド薬は使用量や長期服用での副作用が気になりますが、症状が解消したのでステロイド薬を減らすことができました。そのうえで寛解状態が長期間持続しました。
血液の中には“制御性T細胞”と呼ばれる免疫のブレーキ役を務める細胞がいます。自己免疫疾患の患者では何らかの原因でこの制御性T細胞が減っていて、免疫に抑えが効かなくなっていることが多いのです。この犬の患者様の血液を当院で解析したところ、制御性T細胞が間葉系幹細胞療法の後に増えており、免疫バランスが調節されました。これによって、この患者様の免疫の暴走がおさまり、症状がでなくなったものと考えられました。飼い主様の期待に応えることができました。
自己免疫疾患・免疫介在性疾患症例への投与②
患者様(ミニチュア・ダックスフンド、14歳)は免疫介在性多発性関節炎という自己免疫疾患を患っていました。しかし、治療のためよく処方される免疫抑制剤の錠剤が嫌いで、飲めないのです。飼い主様にはステロイド(プレドニゾロン)もできるだけ使いたくないとの意向がありました。そのため、代わりにアザチオプリンという治療薬を粉末にして飲んでもらい、何とか長い間、病気を抑えてきました。しかしある時、その薬の重大な副作用(骨髄抑制)が出てしまいました。仕方なくアザチオプリンを止めたところ、まもなく病気(免疫介在性多発性関節炎)が激しく再発してしまいました。
このような状況から治療や体調の維持管理がとても難しいところでした。そこで、自己免疫疾患・免疫介在性疾患の症状改善、減薬、免疫改善による再発防止が期待できる間葉系幹細胞療法(点滴)を提案しました。
最初は患者様の組織サンプルを採取し、患者様自身の間葉系幹細胞を培養して投与する自家移植法で行われました。その後は凍結他家移植法を定期的に行いました。間葉系幹細胞療法を適度に行うことで症状が改善し、その後は大きな再発もなく、体調はずっと良好でした。間葉系幹細胞による治療の前は全体的な体調が悪く、発毛・被毛の状態が良くなかったのですが、治療後は体質・体調が改善されたためか発毛がみられ、被毛や毛艶の状態がとてもよくなりました。
自己免疫疾患・免疫介在性疾患症例への投与③
患者様(ミニチュア・ダックスフンド、15歳)は歩様の異常、高熱、度々の嘔吐、全身の痛みで来院されました。左右の膝関節に多数の好中球が見つかり、血液検査では炎症マーカー(CRP)と膵炎マーカー(Spec cPL)、腎機能マーカー(BUNとCREA)、肝障害マーカー(ALT)の高値が見られました。加えて、肺炎も認められました。「免疫介在性多発性関節炎」が原因の急性膵炎、リンパ球性形質細胞性鼻炎、免疫複合体による糸球体腎炎の発症と診断されました。免疫を抑えるためのステロイド(プレドニゾロン)や免疫抑制剤等の標準治療、輸血2回を含む強力な支持療法を実施しましたが、ステロイドによる重度な肝障害、重度の免疫力低下による皮膚感染症を併発してしまいました。時間の経過とともに一般状態が増悪し、支持療法で命をつないでいる状態でした。
飼い主様は患者様の厳しい状況をよく理解されており、高齢まで十分生きたので、全ての治療をストップして家で安らかに看取ることも熟慮されていました。そんな折、当院では間葉系幹細胞療法(自家移植法)を導入して間もないところでしたが、人医療等で自己免疫疾患・免疫介在性疾患に対して改善の可能性が示されてきていた間葉系幹細胞療法を飼い主様に提案しました。
3回の間葉系幹細胞の点滴投与を行ったところ、著しく高い値だった炎症マーカーが低値で安定するようになりました。腎臓の炎症も落ち着いたためか、腎機能も改善がありました。体調が大きく回復しました。そこで、ステロイド(プレドニゾロン)を停止し、維持のための免疫抑制剤のシクロスポリンと肝機能改善薬のウルソデオキシコール酸の処方に切り替えたところ、肝障害も解消されました。1年以上再発がなく(寛解)、以前より元気に過ごされました。
自己免疫疾患・免疫介在性疾患症例への投与④
患者様(秋田犬、3 歳)は鼻の付近の皮膚が赤くなって被毛が大きく失われてしまいました。秋田犬などの特定の犬種に見られることが多い「落葉状天疱瘡」という病気の典型的な症状です。ジクジクしたり、かさぶたができたりを繰り返すことがあります。この病気は自己免疫疾患の一種で、皮膚にだけ症状が現れます。顔面に症状がでることが多いですが、全身に広がることもあります。自己免疫疾患は
根治が期待できないので、症状を抑えることを目的として生涯治療を継続することになります。治療はステロイドや免疫抑制剤の内服が基本で、必要に応じて外用薬も用います。難しい病気なので良くならない場合も多々あります。この患者様は 3 歳と若いので、飼い主様の今後長期のご心配やご苦労が少なくないと思われました。自己免疫疾患は対処が難しいですが、間葉系幹細胞療法の適用で体内免疫バランスが改善され、症状改善、減薬、寛解(症状が長期間でなくなること)が期待できることが示されています。そこで、飼い主様にこの治療を提案しましたところ、実施してほしいとのことでした。
通常、当院では間葉系幹細胞治療は凍結他家移植法で実施しています。患者様の脂肪採取の手術が必要ないなど、患者様側の利点が多い方法だからです。適切な投与細胞数は体重に比例するのですが、この患者様は大変大柄なので極めて大量の凍結他家幹細胞が必要になってしまい、費用面でとても不利益が生じてしまいます。この患者様は若く、体調も良好だったので、患者様から脂肪を手術により採取して、患者様自身の間葉系幹細胞を大量に培養して投与できる自家移植法で行うことにしました。この際、脂肪や培養した細胞の一部を凍結保管しておき、必要に応じて、“いつでも、何度でも、患者様自身の 3 歳時の若くて元気な間葉系幹細胞を大量培養して投与”できるようにもしました。
最初はシクロスポリンという免疫抑制剤の内服による治療でしたが、培養した自家・間葉系幹細胞を3 回点滴投与したところ、最初の投与から 1 週間後からすでに改善が見られはじめ、1 ヵ月後には完全に皮膚の状態が回復しました。そこでシクロスポリンの処方を止めましたが、再発はなく、良い皮膚状態を維持しました。寛解に入ったものと考えられました。再発予防のため、凍結保管した脂肪や細胞を利用して、定期的に自家・間葉系幹細胞の投与を受けられています。