糖尿病関連症例への投与①
患者様(パグ、9歳)は眼の表面の状態が悪くなり来院されました。角膜に潰瘍ができていました。検査で血糖値が170 mg/dL(正常値70~143)と高いことが見つかり、糖尿病と糖尿病性角膜潰瘍と診断されました。ほとんどの犬の糖尿病は膵臓からのインスリン分泌が減ることで起こります。免疫異常で膵臓が攻撃を受けて障害が起こることが主な原因です。インスリンの不足を補うために、飼い主様が犬に毎日インスリンを注射して血糖値を下げる管理を行うことになります。この患者様に対してもインスリン投与の処方をしましたが、10日後には444 mg/dLと非常に高い値になってしまいました。血糖値が高いままだと血管が傷ついたり、全身に様々な不具合が起こります。この患者様は高い用量のインスリン投与でも血糖値が安定せず、角膜潰瘍もよくなりませんでした。
間葉系幹細胞療法には角膜や皮膚の潰瘍を改善するような“組織修復“の効果が数多く示されていましたので、今回の角膜潰瘍にも効果が期待されました。また、犬の糖尿病は人間のI型糖尿病(自己免疫疾患)によく似ています。人間のI型糖尿病は間葉系幹細胞療法で膵臓が自己免疫の攻撃から保護され、病状が大きく改善したという研究報告が当時発表されました。飼い主様に間葉系幹細胞療法を提案し、この患者様はオプション治療として間葉系幹細胞療法を併用されました。
幹細胞療法の前はインスリン投与量が多く必要で、それでも血糖値が高どまりしていたのですが、幹細胞療法を始めてから安定して血糖値が下がり始め、インスリンの量を減らしていっても下がった状態で安定しました。血糖値が改善し、角膜の修復が進むことでさらに時間が経過すると角膜潰瘍が完全に治癒しました。元どおりのきれいな眼に戻ったのでした。
糖尿病関連症例への投与②
患者様(日本猫、10歳)は全身状態が悪く、重度の体幹・手足の皮膚潰瘍がでていました。血液検査から血糖値426 mg/dL(正常値71~160)と高い値が認められ、糖尿病と判明しました。状態が悪いのはケトアシドーシスという糖尿病が悪化した状態によるものでした。このような場合は必ず入院のうえ、支持療法、インスリン投与治療を実施します。猫の糖尿病では血糖値を下げるインスリンに反応する場合と反応しない場合の両方があるのですが、この患者様はインスリンに反応しました。しかし、投与するインスリン量は血糖値の低下後の減量と血糖値の上昇による増量のイタチごっこ状態を半年近く続ける不安定な状態が続きました。腹部には大きな糖尿病性皮膚潰瘍ができてしまいました。手足の先のほうにも潰瘍が形成されました。包帯で覆いケアしていました。その後、腹部皮膚のひどい潰瘍の除去手術を実施したのですが、全体的に皮膚状態が良くないためか、時間が経過しても縫い合わせた部分がくっつかずに開いてしまうという縫合不全を起こし、皮膚組織の壊死に陥ってしまいました。また、手足の潰瘍も皮膚組織壊死に悪化してしまいました。
人間の間葉系幹細胞療法の研究では、この治療の実施によって糖尿病性潰瘍の改善と血糖値のコントロールがしやすくなるという報告が複数発表されていました。当院でも間葉系幹細胞療法で皮膚状態が良くなった症例がいくつかあったので、この患者様も皮膚状態の改善が期待できるのではないかと考えました。そこで飼い主様に間葉系幹細胞療法を提案し、実施することになりました。インスリン治療を継続のうえ、第166病日目から約4週間おきに間葉系幹細胞を投与(凍結他家、点滴)しました。インスリン処方継続下ではあるものの、3回目の投与後あたりから血糖値が安定してきました。全身状態が良好になりました。第255病日をもってインスリン処方を停止しましたが、血糖値は非常に安定していました。腹部皮膚の状態が良くなったので第257日目に再度、皮膚潰瘍の除去手術を実施したところ、今度は縫合部分が無事に癒合しました。その後、被毛・毛艶も大きく改善しました。一方で、手足先端の皮膚組織壊死については残念ながら改善が見られませんでした。