肝疾患症例への投与①
患者様(ジャック・ラッセル・テリア、6歳)は2歳時から血液検査で肝数値がやや高かったのですが、4歳時に行われた胆のう炎による胆のう摘出手術時に病理組織検査で慢性肝炎が見つかりました。犬の肝炎は原因がわからないことがほとんどで、根治させる治療はありません。悪化させずに維持することも大切になります。定法どおり、対症療法として肝機能改善薬と栄養補助剤を処方したのですが、肝数値の改善は認められないどころか、むしろ徐々に悪化していきました(ALT 808 U/l、ALP 365 U/l)。肝臓は病気が相当進むまで悲鳴をあげない“沈黙の臓器”と呼ばれます。この患者様も検査的にはかなり肝数値が上昇しているのですが、身体症状としては特段の問題は現れず、元気・食欲も普通どおりにありました。
ただし、これまでの経過を踏まえて飼い主様には、①標準治療では患者様の肝臓の改善や維持が困難であると思われること、②現在は大きな症状は出ていないものの、このまま慢性肝炎が継続または進行すれば重篤な肝機能不全に陥ると予想されることを説明しました。そして、③人間では慢性肝疾患に対して間葉系幹細胞の投与が肝機能不全に伴う症状の軽減や線維化改善など有望な結果が示されてきており、犬においても慢性肝疾患の改善または維持できる可能性があるかもしれないことを説明しました。そして、標準治療に併用するオプション治療として間葉系幹細胞療法を提案しました。
最初は患者様の自家間葉系幹細胞の培養を行って8回の静脈点滴投与を行いました。初回の間葉系幹細胞投与前にALT 1601 U/l, ALP 613 U/lまで悪化していた肝数値は、間葉系幹細胞療法の実施から1ヵ月ほどでALTは600台、ALPは400台にまでは改善しました。自家療法は自家脂肪組織の摘出が必要となるため継続的な実施が困難であったので、その後は他家間葉系幹細胞に切り替えて定期的に投与することにしました。肝数値の改善はありませんでしたが、一方で以前のような急激な悪化を起こすこともなく、患者様は引き続き元気に過ごされました。1年後に一時的に肝臓状態の悪化に由来すると考えられる体調不良を引き起こしましたが、低用量のプレドニゾロン(ステロイド)を追加処方して症状および元気食欲は1ヵ月内に回復しました。他家間葉系幹細胞投与の併用をずっと継続していましたが、肝数値は時間とともにさらに改善していき、最終的にはほぼ正常値で長期安定しました。肝臓の病理組織検査では、以前の検査で認めた肝炎の病理像(肝細胞壊死、炎症性細胞浸潤、微小肉芽形成)は完全に消失しており、きれいな肝臓の組織像を見ることができました。
犬の慢性肝炎は治癒が困難なのですが、一般的な治療に間葉系幹細胞投与を併用したこの症例ではおおむね良好に維持され、最終的には肝臓の病理・病態像がほとんど消失しました。間葉系幹細胞療法の併用が炎症鎮静や組織修復の効果を発揮して、慢性肝炎の維持や改善に貢献したのではないかと考えられました。
肝疾患症例への投与②
患者様(ポメラニアン)は急に高熱(39.5℃)、下痢、黄疸、食欲消失の症状がでてしまいました。血液検査の結果、非常に高い肝臓障害(ALT >1000 U/L, ALKP >2000 U/L)と炎症(CRP 19 mg/dL)の数値が見られ、重度の急性肝炎でした。重度の急性肝炎は命にかかわります。犬の急性肝炎の発症原因の多くは何らかの物質による中毒とされており、原因物質の解毒・除去は重要な処置となるところなのですが、原因はわからないことが多く、この患者様でも不明でした。治療として輸液、ステロイド、利胆剤、抗菌薬、制嘔吐剤など標準的な治療を実施しましたが、4日経っても全く改善が見られませんでした。厳しい状況でしたが、一般的な治療ではもう他に手立てがありません。そのため、飼い主様に炎症の沈静や肝臓の保護が期待できる間葉系幹細胞療法(凍結他家、点滴)の併用を提案しました。
実施の翌日、患者様の高熱が下がり(37.4℃)、食欲が戻り、調子が良くなったことが見られました。さらに翌日ではALTの数値が下がり(676 U/L)、体調にさらに回復が見られました。その後は間葉系幹細胞療法を1~2週間間隔で継続しましたが、体調や検査数値は改善が進み、無事、患者様は回復されました。